AI時代が来ても、CG屋はCG屋でいい。その理由。

AI、使ってますか?

こう聞くと、「いや、まだそんなに……」という人もいれば、「毎日使ってる」という人もいる。どちらの気持ちもわかります。

私自身、CG屋として現場をやってきた人間として、この問いには複雑なものを感じます。

ただ、今日伝えたいのはこれだけです。

変わるべきところと、変わってはいけないところがある。

AI時代のCG屋の話です。

AIに仕事を奪われる、という話ではない

「AIが来たら仕事がなくなる」この話、何度聞いたでしょうか。

事実、とある会社では映像制作に使われる背景制作の半分以上がAI生成に置き換わっているそうです。

もちろん私も楽観視しているわけではありません。AIが起こす変化からは絶対に逃げられない。でも「奪われる」という言葉は少し違う、と私は思っています。

いま例に挙げた「とある会社さん」はCG会社なんですよね。つまりCG屋の一部がAI屋になっている。その理由は明白で、PCから出てきた画の良し悪しを判断しているのは「CG屋の眼」だからです。

道具が変わっても、判断するのは人間。それだけです。

変わるべきもの:「時間」の使い方

では何が変わるのか。

いちばん変わるのは「時間」だと思っています。

AIは単純作業を圧倒的に速くこなすでしょう。たとえば、背景のクリーンアップ、素材整理、簡単なリテイク対応——これまで8時間かかっていたものが、AIを使えば1時間で終わるでしょう。

じゃあ、余った時間で何をするか。

創造性、判断力、クライアントとのコミュニケーション。

これ、CG屋の本質じゃないですか?

AIが時間を作ってくれるなら、その時間を「本質」に使えばいい。それが今、CG屋に問われていることだと思っています。

変わってはいけないもの:「目」と「問い」

技術がどれだけ変わっても、変えてはいけないものがあります。

「何を作るか」「なぜ作るか」を考える力です。

AIが画面を出力してくる。そのとき、「これでいい」「これじゃない」と判断できる目があるかどうか。

これは、経験と審美眼・運営根拠の話です。引き出しの話です。

どれだけ良い包丁を持っていても、料理が上手くなるわけじゃない。

「AIが使える人」と「AIに仕事ができる人」は、違います。

前者はツールを動かせる。後者は、ツールに何をさせるかを知っている。

CG屋としての眼と問いを持ち続けること。今まで以上に。それが問われる時代になったと感じています。

結局、CG屋はCG屋でいい

正直に言うと「もうベテランだし、自分はこのまま逃げ切れていいや」という同年代以上の声を聞くことがあります。もちろん否定はしませんが、私はそういう生き方を選びません。

スタッフたちと一緒にこの時代を生き抜いて、少なくとも彼らの生き残る道筋を見つけ、何がどう変わったかを見届けたい。

もちろん変革は起こり、オールドCG屋が減っていくのは事実かもしれない。でもだからこそ、「CG屋」に誇りを持っていていいと思う。

変化を恐れず、でも本質は変えず。より研ぎ澄ませして生き延びていきたい。

Z-FLAGも試行錯誤しています。一緒に考えていきましょう。

Z-FLAG

東京の神保町のCGプロダクションです。日本一を目指して活動中

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